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山口地方裁判所 昭和36年(ワ)102号 判決 1963年4月17日

昭和三六年(ワ)第一〇二号事件原告 昭和三七年(ワ)第四三号事件被告 光井次男

昭和三六年(ワ)第一〇二号事件被告 昭和三七年(ワ)第四三号事件原告 広田冨嘉

右訴訟代理人弁護士 辻冨太郎

主文

(昭和三六年(ワ)第一〇二号事件)

被告は原告に対し山口電報電話局第二六九二番の電話加入権を譲渡することにつき日本電信電話公社の承認を求める手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

(昭和三七年(ワ)第四三号事件)

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、昭和三六年一月一八日訴外河村熊代より原告に対する二六九二番電話加入権譲渡承認請求手続がなされ同日公社の承認のあつたこと、同月一九日訴外有井淳子より原告に対する七六〇番電話加入権譲渡承認請求手続がなされ同日公社の承認のあつたこと、同年三月二九日原告より被告に対する二六九二番電話加入権譲渡承認請求手続がなされ同日公社の承認のあつたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一・三号証≪中略≫を綜合すると、

1、原告は金融業を営む訴外有限会社大ワ商事の代表取締役であり、被告は旭商事の商号によつて金融業を営むものであること、

2、訴外有井直蔵は材木業を営んでいるものであるが事業上の失敗もあつて借財がかさみ、本人及び家族所有不動産には既に累次の抵当権設定がなされ、担保価値に余すところはなかつたこと、河村熊代は化粧品販売員をしているものであるが未亡人であるため生活費に追われて借財がかさみ、その所有不動産には既に累次の抵当権設定がなされ、担保価値に余すところはなかつたこと、両人は親戚関係にあること、

3、有井直蔵は昭和三三年一〇月より被告から事業資金の融通を受けていたが、昭和三五年五月六日従前の債務元利合計三五万円を一括してその目的とし弁済期同年六月三〇日遅延損害金年三割六分として消費貸借契約を締結したこと、河村熊代及び有井直蔵の長女有井淳子はこれが連帯保証人となり、且つ右債務を担保するため河村熊代はその所有にかかる二六九二番電話加入権を有井淳子はその所有にかかる七六〇番電話加入権を信託的に被告に譲渡したこと、なおこの点につき被告と右両人間において、公社に対する譲渡承認請求手続をなすための譲渡人たる両人の署名押印ある「電話加入権を被告に譲渡するにつき公社の承認を請求する」旨の書面を被告に交付しておくが、その手続は債務不履行もしくは主債務者が他から強制執行を受ける等の事件発生まで猶予する、もつとも右にしたがつて譲渡承認請求をなし得る場合にはあらためて両人及び主債務者に通知する等格別の手続を要せずして右書面により被告単独にこれをなし得る旨特約し、両人は右書面を被告に交付したこと、右債務は弁済期に至るも完済されなかつたが、被告は右電話加入権譲渡承認請求手続は経ないでいたこと、

4、有井直蔵河村熊代はなほも資金の必要に迫られたが、既に担保価値のあるものは皆無の状態であつたところ、幸い被告に対し債務不履行あるにもかかわらず本件電話加入権の譲渡承認請求手続がなされていないのでこれによつて金融を受けることを思いたち、昭和三五年一二月二八日被告との関係を一切秘して会社代表者たる原告と交渉の上、大ワ商事より両人共同で一〇万円を弁済期昭和三六年三月二〇日として借受け、河村熊代有井淳子は大ワ商事との間で、右債務を担保するため各所有の本件電話加入権を、被告に対する場合と同様公社に対する譲渡承認請求手続は債務不履行もしくは担保価値を毀滅する等債務者担保提供者に不信行為ある場合まで猶予する、右にしたがつて譲渡承認請求をなし得る場合には予め交付された両人の署名押印ある譲渡承認請求書により両人等に通知する等格別の手続を要せずして原告単独になし得る旨の特約の下に個人たる原告に信託的に譲渡する契約(会社代表者たる原告が個人たる原告を受益者としてなしたいわゆる第三者のためにする契約)を締結し、同時に個人たる原告が受益の意思表示をしたこと、而して、河村熊代有井淳子は原告に対し署名押印ある譲渡承認請求書を交付したこと、

5、原告はその後有井直蔵河村熊代に資力がなく本件電話加入権は訴外山田音次郎に対しても自己に対すると同様の形式を以て譲渡されている事情を知り、かくては何時予め交付されている電話加入権譲渡承認請求書により山田音次郎に対する譲渡が公社によつて承認されるやもはかり難く、これは有井直蔵等三名の担保毀滅の不信行為であるから河村熊代有井淳子においては原告に対し即時に譲渡承認請求手続をなすべき義務が発生したものとし、予て交付されている右譲渡承認請求書を利用し昭和三六年一月一八日二六九二番電話加入権につき、同月一九日七六〇番電話加入権につき、それぞれ原告に対する譲渡に関し公社の承認を得たものであること、

6、被告は右一月一九日電話加入権の原告への譲渡につき公社の承認がなされたことを知つて驚き、有井直蔵河村熊代を詰問するとともに、原告に対しては既に自己に譲渡されていたものであるから自己に対し譲渡承認請求手続をなすよう求めたが折合がつかなかつたこと、

7、有井直蔵河村熊代は弁済期までに債務完済あれば電話加入権は原告より返戻さるべきものとし、期限前に一〇万円を大ワ商事に提供したところ、原告は大ワ商事が両人に対し昭和三五年一二月三一日弁済期を昭和三六年三月二〇日とし別途貸付けた一〇万円と併せ元利合計二三万円の完済がない以上返戻できないと主張したのでその授受はなされなかつたこと、弁済期までに右元利の支払いがなかつたため原告は同年三月二五日七六〇番電話加入権を訴外渡辺信男に処分し、更に同人より岩崎梅子に処分されたこと、二六九二番電話加入権については、河村熊代に対し右元利合計二三万円から七六〇番電話加入権の売却代金を差引いた一三万二〇〇〇円を同月二九日までに完済あればこれを返戻する旨約したこと、そこで河村熊代等は右電話加入権の売価は一三万二〇〇〇円以上であるから、他から金融を受けてもこれを取戻すべきであると考え、被告に対し事の顛末を告げ、これを取戻した上被告に譲渡するから一三万二〇〇〇円を融通ありたいと申入れたこと、

8、被告としては既に大ワ商事は七六〇番電話加入権を他に処分して貸金一部を回収した上更に一三万二〇〇〇円を要求しており、自己においては全く回収がなされていないのはいかにも不公平であるから、この機を利用して二六九二番電話加入権を自己の手中に入れようと考え、河村熊代をして原告に対し一三万二〇〇〇円は被告から融通を受け期限である三月二九日電話加入権譲渡承認請求と引換に支払う旨告げさせた上同日被告自ら山口電報電話局に赴き、大ワ商事及び原告の使者として同所に来あわせた斎藤貞代に対し一三万二〇〇〇円を見せながら、「河村熊代の代りに自分が金を払う。二六九二番電話加入権を同人に譲渡した承認請求手続がすみ次第金を払うから書類を借受けたい」と申入れ、同人より原告の署名押印ある譲渡承認請求書を受取り、譲受人欄に自己の氏名を記入押印の上これを山口電報電話局に提出して公社の承認を得たこと、斎藤貞代に対しては「局の都合により手続が明朝になるので代金も明朝払う」旨申向けてこれを帰宅せしめ、爾後原告に代金の支払いをしなかつたこと、

を認めることができ、質権設定契約書と題する成立に争いのない乙第七号証も、原告本人尋問の結果によれば、電話加入権を担保の用に供する趣旨を証するために作成されたものに過ぎぬことが明らかであつて、これを以て大ワ商事と河村熊代等間の契約内容についての前記認定事実を左右するものとはいえず、他に前記認定事実を左右するに足る証拠はない。

三、当事者間に争いなき事実及び右認定事実によれば次のようにいうことができる。

1、原告が昭和三六年一月一八日及び同月一九日になした二六九二番及び七六〇番電話加入権譲渡承認請求手続は有効であり、したがつ、右承認により電話加入権の原告への譲渡の効力が発生している。

河村熊代有井淳子は電話加入権を二重ないし三重譲渡し、しかも誰に対しても本人さえその気になるなら公社の譲渡承認を受け、すくなくとも形式的にはその効力を発生せしめ得る、署名押印ある譲渡承認請求書を交付しているのであるから、各貸主はいずれも相互に担保が毀滅され得る状態にあるわけであり、かかる行為が貸主に対する不信行為であることは明らかであつて、右両人においては原告(第三者のためにする契約における受益者)に対し一時猶予せられていた公社に対する譲渡承認請求手続を即時になすべき義務が発生しており、かかる場合の義務の履行として既に交付されている譲渡承認請求書を利用し、原告において譲渡承認を求めることは右両人の意思にしたがうものでありもとより適法である(通常の電話加入権譲渡契約は、その効果として譲渡人は即時に公社に対する譲渡承認請求手続をなすべき義務を負うが、本件譲渡契約においては特約によりその手続を債務不履行等ある場合まで猶予するものであつて、かかる場合のため予め署名押印ある譲渡承認請求書を貸主に交付することと相まつて担保の用をなすものであり、かかる契約が契約自由の原則から有効であることはいうまでもない。)。

もつとも大ワ商事と有井直蔵等三名の間の契約の趣旨からいつて、債務完済の暁には原告は本件電話加入権を原所有者に返戻しその承認手続をなすべき義務があるというべきであり、(かかる負担付のものとして原告は受益の意思表示をしている。)、前記の如く有井直蔵は履行の提供をなした形跡もあるところ、かりにそれが適法な履行の提供であるとしても原告において右の義務不履行の責を負うことあるは格別、一度原告に帰した電話加入権の帰属に当然影響を与えるものでないこというまでもない。

2、二六九二番電話加入権についての原告より被告に対する譲渡は効力が発生していない。

電話加入権の譲渡の効力は当事者間における譲渡契約と公社のこれに対する承認が相まつことによつて発生するところ、右の場合には原告より被告に対する電話加入権譲渡契約は存在せず且つ譲渡承認請求手続は原告の意に反して行われている。

右の次第で二六九二番電話加入権は実体的になお原告の所有であり、被告は原告に対し右電話加入権を原告に譲渡することにつき公社の承認を請求しこれを受けることにより、原告の公社に対する電話加入権者たる地位を全からしむべき義務を負うというべきであり(譲渡承認取消手続については規定がない。)、これを求める原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

3、被告の主張する詐害行為取消権の目的が昭和三六年一月一八日なされた二六九二番電話加入権譲渡承認請求であり、同月十九日なされた七六〇番電話加入権譲渡承認請求であるとすると、次の理由により右行為は取消し得ない。即ち、電話利用関係も一般的には私法関係であるが公社による右譲渡承認は公法行為でありこれが請求行為は私人による公法行為であつて、民法第四二四条にいわゆる法律行為には含まれないからである。被告の主張する詐害行為取消権の目的が河村熊代有井淳子と大ワ商事間の本件電話加入権譲渡契約及び原告の受益の意思表示であるとすると、次の理由により右行為は取消し得ない。即ち、それは昭和三五年一二月一八日になされ、すくなくとも大ワ商事において害意の存しなかつたことが明らかであり主観的要件を欠くからである。以上の次第でいずれにしても詐害行為取消権により債務者の行為の取消しを求める被告の請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。したがつて又詐害行為取消権の発生を前提とする被告の損害賠償請求も理由がなく、失当として棄却すべきである。

4、叙上説示の如く二六九二番電話加入権は河村熊代の所有を離れ七六〇電話加入権は有井淳子の所有を離れ、その後両人の所有に帰したことは何等立証せられないところであるから、債権者代位権により本件電話加入権がそれぞれ両人の所有に属することの確認を求める被告の請求も理由がなく、失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 竹村寿)

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